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旭川地方裁判所 昭和33年(ワ)276号 判決 1960年2月05日

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番地

原告

右代表者

法務大臣 井野碩哉

右指定

代理人 宇佐美初男

波岡五十三

松邨初太郎

高田金四郎

阿部島康夫

木村健次

北海道上川郡東旭川町字米原六百三十七番地

被告

水口栄

右訴訟代理人弁護士

高橋岩男

昭和三十三年(ワ)第二七六号詐害行為取消等請求事件。

主文

一、訴外東旭川木材株式会社が昭和二十九年九月一日付で別紙目録第一記載の不動産につき訴外渡辺春雄との間になした停止条件付売買契約は金六十五万七千六百八十円の限度でこれを取消す。

二、被告は、原告に対し、金六十五万七千六百八十円及びこれに対する昭和三十三年七月二十四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三、原告その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、被告の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り、金二十二万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(双方の申立)

原告は、「訴外東旭川木材株式会社が昭和二十九年九月一日付で別紙目録第一記載の不動産につき訴外渡部春雄との間に為した停止条件付売買契約は之を取消す。被告は原告に対し金七十万一千九百四十九円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決並びに金員の支払を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

(原告の主張)

一、訴外東旭川木材株式会社(以下単に訴外会社という)は、昭和二十九年九月一日当時原告に対し、別紙目録第二記載のような租税及び滞納処分費合計金七十万一千九百四十九円の債務を負担しており、原告は既に滞納処分を執行しうる時期にあつた。

しかして訴外会社は昭和二十六年以来昭和木材、東旭川農業協同組合、旭正農業協同組合、信用保証協会その他の債権者等に莫大な債務を負担し一部債権者によつて経営管理されたり又破産の申請や強制執行される気配もあり倒壊寸前の状態にあり又原告の租税債権やその他の公課による差押を受けたり納付方の督促も屡々受け右徴収猶予を願つている実情にあつた。

二、しかるに、訴外会社は、昭和二十九年九月一日、原告の右租税債権を害することを知り乍ら差押処分の執行を免れるため、同会社代表取締役渡部千里の実弟で同会社の監査役である訴外渡部春雄との間に、訴外会社所有の別紙目録第一記載の不動産(以下単に本件不動産という。)を含む殆んど全資産に相当する不動産動産一切につき、昭和三十年一月二十三日までに売買代金の支払をうけることを停止条件としてその所有権を右訴外人に移転する旨の売買契約をなし、右不動産につき右売買を原因として旭川地方法務局東旭川出張所昭和三十年六月十八日受付第六五四号をもつて停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記をした。

三、(一) しかして、訴外渡部春雄は、昭和三十一年五月十四日妹の夫である被告に右不動産についての前記停止条件付所有権移転請求権を譲渡し、これを登記原因として旭川地方法務局東旭川出張所同日受付第六六三号をもつて右所有権移転請求権保全仮登記移転の登記をした。

(二) ところが、被告は昭和三十一年五月二十七日前記停止条件付所有権移転請求権を訴外中瀬太一に、同人は更に昭和三十一年六月三十一日訴外神田定雄、同松田豊作に右停止条件付所有権移転請求権を順次譲渡し、右神田定雄、松田豊作は右譲渡を登記原因として旭川地方法務局東旭川出張所昭和三十一年七月二日受付第九二五号をもつて、右所有権移転請求権保全の仮登記(編注、仮登記の移転の登記の誤か)をした上、同年七月五日右請求権に基き訴外会社に対し売買をなし、これを原因として旭川地方法務局東旭川出張所同日受付第九三四号をもつて別紙目録第一記載の不動産を含む全不動産につき所有権移転の登記を了えた。

(三) ところで、前記訴外会社と訴外渡部春雄の売買がなされた当時における本件不動産の価格は金八十一万八千百円以上である。

四、右のように、訴外会社は、他にその負担する債務を担保すべき資産を有しないに拘わらず会社の土地、建物、動産一切を訴外渡部春雄に停止条件付所有権移転の約で譲渡したものであるから、原告は、被告との間で国税徴収法(昭和三十四年法律第一四七号による改正前のもの)第十五条に基き本件不動産につき訴外会社と訴外渡部春雄との間になされた前記売買を取消すとともに、本件不動産は既に第三者に移転されていて被告に対しその返還を求めることができないので、これが返還に代るべき損害賠償として本件不動産の前記評価額のうち前記滞納租税及び滞納処分費合計金七十万一千九百四十九円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

五、(被告の抗弁に対し)

(一)  国税徴収法第十五条の詐害行為取消権は、納税者の譲渡行為によつて納税者の一般財産から逸出したものを譲受人又は転得者から納税者の一般財産に取戻すことを目的とし、そのために必要な範囲内で、すなわち取消権者たる債権者と譲受人又は転得者との関係で詐害行為の効力を取消すことを本質とするものであり、取消訴訟の内容は詐害行為の取消しと逸出した財産の返還又はこれに代る損害賠償の請求ということになり被告は右財産の返還又はこれに代る損害賠償の請求を受ける譲受人又は転得者に限られるものであるから本件において譲受人たる訴外渡部春雄を被告としていないとしても訴は適法である。

(二)  原告の詐害行為取消権が短期消滅時効期間の経過によつて消滅したという被告の主張は失当である。

すなわち、国税徴収法第十五条には詐害行為の取消を請求しうる時期につき「滞納処分を執行するに当り」と定められ、租税債権自体が消滅時効により消滅しない限り滞納処分執行のため必要な場合は随時取消権を行使しうる趣旨の表現が用いられていること等を考えると、同法の詐害行為取消については民法第四百二十六条の類推適用が許されないと解するのが相当である。

仮に然らずとするも、債務者の法律行為が詐害の目的に出たことを債権者において覚知した時を時効期間の起算点とすべきであつて、債権者において債務者が法律行為をした事実を知つてもその行為が詐害行為たることを覚知しない以上未だ取消の原因を覚知したものということはできないと解すべきである。本件において上川税務署が訴外会社と訴外渡部春雄間の仮登記の事実を知つたのは登記簿謄本の交付を受けた昭和三一年一月二六日であるが、右は仮登記に過ぎず同年八月三日訴外会社が解散したとの風評が入り直ちに訴外会社の実体調査に入り調査した結果右仮登記の移転本登記がなされた経過が分り難件として同年九月十三日上川税務署より札幌国税局に引継がれ同国税局係官が訴外渡部春雄、被告等に面接調査をした昭和三十二年三月二十六日に至つて本件不動産の条件付売買が詐害行為らしいという線が浮んだもので同日原告が取消原因を覚知したのである。

従つていずれにせよ被告の時効の抗弁は理由がない。

(被告の主張)

一、(本案前の抗弁)

詐害行為取消訴訟は、民法上のものたると国税徴収法上のものたるとを間わず財産の譲受人を相手方としなければならないから、本件不動産の譲受人たる訴外渡部春雄を被告としていない本訴請求はこの点において既に失当である。

二、(答弁)

請求原因一の事実中訴外会社が昭和二十九年九月一日当時国税債務を負担していた事実は認めるが、その額及び滞納処分費を負担していた事実は知らないし、原告が訴外会社に対し、滞納処分を執行しうる時期にあつたとの点は否認する。二の事実中訴外渡部春雄のため原告主張の不動産につき主張のような仮登記手続がなされたこと及び訴外会社の代表取締役渡部千里と右渡部春雄とが兄弟であることは認めるが、訴外会社が詐害の意思をもつて滞納処分の執行を免れるため右渡部春雄に右登記手続をしたとの点は否認する。すなわち、訴外会社は、当時商工組合中央金庫その他に対し金二千数百万円にものぼる債務を負担し破産寸前の状態に陥つていたので、渡部春雄の信用で融資を仰ぎ不況を挽回し債務の支払をせんがための起死回生の方策として、本件不動産を同人に譲渡したもので滞納税金の支払を免れるようなことは毫も予想していなかつたところである。のみならず、訴外会社の滞納税金は、昭和二十六年五月十四日訴外会社の工場が焼失した以前のもので税務署においては免除の意向を表明していた関係上、滞納処分が行なわれようというような事実は当時夢想だにしなかつたところであり、差押を免れる目的は全くなかつたのである。三のうち訴外渡部春雄の妹の夫である被告のため主張のような登記手続がなされたこと、訴外中瀬太一、同神田定雄、同松田豊作のためその主張のような登記手続がなされたことは認めるが、本件不動産の評価額は争う。四は争う。

三、(時効の抗弁)

仮に訴外会社と訴外渡部春雄の間の前記行為が詐害行為となるとしても、国税徴収法上の詐害行為取消には民法第四百二十六条が類推適用されるところ、本件において国は遅くとも差押登記をした昭和三十年六月二十日には訴外会社と訴外渡部春雄間の右行為を知り得た筈で詐害行為の覚知の時から本訴提起の時まで、既に二年を経過しているから原告の請求は失当である。

(証拠関係) 省略

理由

一、先ず被告の本案前の抗弁について判断する。詐害行為の取消は債権者が受益者又は転得者から利得の返還を請求するに必要な範囲においてこれらの者に対する関係においてのみ詐害行為の効力を否認するもので訴の相手方は利得返還の相手方すなわち受益者又は転得者に限られるが、受益者を相手方とするか転得者を相手方とするかは債権者の自由であり転得者から利得を返還させようとすれば転得者を相手方とすれば足り受益者を相手方とする必要はない。従つて本訴請求は受益者たる訴外渡部春雄を被告としていないから失当であるという被告の主張は理由がない。

二、そこで本案について判断する。

(一)  訴外渡部春雄のため本件不動産につき旭川地方法務局東旭川出張所昭和三十年六月十八日受付第六五四号をもつて、売主訴外会社、買主訴外渡部春雄間の昭和三十年一月二十三日まで売買代金を支払えば所有権を移転する旨の昭和二十九年九月一日付売買を原因とする停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記がなされたことは当事者間に争いがなく、また右仮登記に対応する法律行為がなされたことについても被告の明らかに争わないところである。

しかして、昭和二十九年九月一日当時訴外会社が原告に対し租税債務を負担していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、二号及び証人田中治哉の証言を綜合すれば、右滞納租税額は金六十六万九千六百十九円であつてこれに滞納処分費金三万二千三百三十円を加えた合計金七十万一千九百四十九円の租税債務を当時右訴外会社が原告に対して負担していたこと、しかも原告は当時既に滞納処分の執行をなしうる時期にあつたことが認められる。

そこで前記売買は原告の租税債権を害するものであるか、害するものとしても訴外会社は右事実を知りながら故意になしたものであるかどうかについて考えてみるに、成立に争いのない甲第一、第三号証、第四号証の一(イ)(ロ)、第五乃至九号証、証人田中治哉、同阿部島康夫(第一回)、同渡部千里、同渡部春雄、同芝山武雄、同松田俊一、同嶺和夫の各証言並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、訴外会社は造材製材と造材販売を主目的として昭和二十二年十二月設立された会社であつて昭和二十三年十二月訴外渡部千里が資本の約半分を出資していたので経営を引継ぎその代表取締役に就任したこと、会社の経営状態は当初多少の赤字を出していたとはいえ昭和二十五年秋頃から好転の兆を見せるようになつたところ翌二十六年五月十四日火災に遇い木材、社宅、工場など会社財産の約九割を焼失し、一部の社宅と約千五百坪の土地を残すのみという状態に陥つたこと、その後訴外渡部千里は会社再建のため資金を調達し再建につとめたが、造材の市場価格暴落などの悪条件が加わり経営状態は悪化の一路を辿り、取付に遇い会社の操業は休止し止むなく昭和二十七年九月頃には約百三十三万円の債権を有する東旭川農業協同組合約百二十五万円の債権を有する旭正農業協同組合により経営管理をされるような状態となり、昭和二十八年十二月十六日には上川税務署の担当係官松田俊一より当時における滞納国税合計金四十八万六百二十九円につき滞納処分として会社所有の土地(本件不動産を含む)、家屋、機械器具等を差押調書謄本の送達をうけたこと(但し原告は翌二十九年一月差押登記嘱託手続に不備な点があり結局差押登記がなされたのは昭和三十六年六月二十日になつてからである)前記農業協同組合に金五十万円を返済して昭和二十九年八月より経営管理を解いて貰つたが、その後も事態は好転せず滞納租税のほか東旭川農業協同組合、旭正農業協同組合、昭和木材株式会社、信用保証協会その他に金千万円以上の莫大な債務を負うていて、会社の全財産をもつてしても到底租税債務及び右債務を担保するに足りなかつたこと、そこで代表取締役渡部千里は訴外会社工場長として勤務しこれまでも会社に資金を調達してきてくれた弟の渡部春雄(千里と春雄が兄弟であることについては当事者間に争いなく同人が訴外会社の監査役になつたのは昭和二十九年十月一日である)と窮状打開策につき協議したが、その際弟春雄より今後も資金を調達するためには同人がこれまで自己の名義と信用で調達し会社に融資した金員を担保するため本件不動産を含む会社の殆んど全財産を同人名義に移すよう迫られ、会社の春雄に対する融資金債務を担保するため本件不動産を含む殆んど全部の会社財産を同人に譲渡することとし、前記のような昭和二十九年九月一日付売買をなし、本件不動産につき前記のような仮登記手続をしたこと、しかして右売買における「昭和三十年一月二十三日まで売買代金を支払えば所有権を移転する」旨の約定は会社が渡部春雄に対する右融資金債務を返済できないときは右債務と売買代金債権とを相殺する等しかるべき方法で決済し、決済と同時に目的物の所有権を移転させるという趣旨でなされたこと(昭和三十年一月二十三日は一応の決済期日と定められたものと解される)又成立に争いのない甲第一号証、第十三号証、第十四号証並びに証人田中治哉、同阿部島康夫(第一回)、同渡部春雄、同渡部千里の各証言を綜合して考えると、訴外会社と渡部春雄間の前記売買当時本件土地は工場で一坪当りの評価額は約金八百円すなわち、本件土地九百九坪全体の価額は約金七十二万七千二百円であつたこと、本件不動産には(1)旭川地方法務局昭和二十七年一月二十九日受付第五三号を以て昭和二十六年十二月二十四日付根抵当権設定契約を原因とする債権元本極度額金千五百万円利息日歩三銭債務者旭川地区木材林産協同組合根抵当権者商工組合中央金庫とする順位第一番の根抵当権設定登記(2)同法務局昭和二十七年三月十七日受付第二五五号を以て同月十五日付根抵当権設定契約を原因とする債権額金二百万円弁済期同年八月三十一日利息年一割抵当権者東旭川農業協同組合旭正農業協同組合とする工場抵当法第三条による順位第二番の抵当権設定登記がなされ右のような抵当権設定契約がなされたこと、右(2)の抵当債権は昭和三十年一月頃又は昭和三十一年一月頃においても金百万円に及んでいたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると本件不動産の価格は約金七十二万七千二百円であるが、(1)(2)の抵当債権金千七百万円が存し右抵当権はいずれも原告主張の本件国税債権中昭和二十八年度の源泉所得税昭和二十八年及び昭和二十九年の法人税の期限から一年前に設定されたものであるから右国税債権に優先し、結局本件不動産については第一次的に右国税債権合計金四千二百六十九円を差引いた金六十五万七千六百八十円の国税債権が第二次的に抵当債権が優先すると認められるから本税が右抵当債権に優先する国税の利子税、延滞加算税はいずれも算数上右抵当債権に優先することは明らかであり又滞納処分費は甲第二号証によると右抵当債権に優先する昭和二十四年度の法人税債権につきなされたものと認められるから昭和二十四年の法人税債権に優先すると共に右抵当債権より優先するものと解する。結局本件停止条件付売買は右金六十五万七千六百八十円の範囲内で国税債権を害するものであつたといわなければならない。

しかして証人渡部千里の証言中には原告による差押の事実を知らなかつたとか国税債務の免除をうけうると信じていたとか述べた部分があるが、前者は前認定の差押の事実並びに会社に差押調書謄本が送達された事実に対比し、又後者は同証言中免税の手続は非常に難しいと聞いていたとの供述、証人田中治哉、同阿部島康夫(第一回)、同嶺和夫の各証言に照したやすく信用することができない。また、詐害行為取消権の主観的要件たる納税者の悪意は単に財産の差押を免れる結果となることを以て足り、租税債務を免れようとする意欲の存在を必要としないと解すべきであるから、右認定のように会社が多数債権者に莫大な債務を負担し乍ら他にこれを担保すべき資産がないにも拘わらず、殆んど会社の全財産を右渡部春雄に停止条件付所有権移転の特約で譲渡し、同人のため所有権移転請求権保全の仮登記手続をした以上、訴外会社の前記売買は右仮登記の効力により未だその登記をしていなかつた原告の差押を免れる結果となることを認識し乍ら故意になされたものであると認定せざるを得ない。

(二)  しかして本件不動産につき旭川地方法務局東旭川出張所昭和三十一年五月十四日受付第六六三号をもつて被告が前記渡部春雄より右所有権移転請求権を譲受けた旨の登記があることは当事者間に争いがなく、また右登記に対応する停止条件付所有権移転請求権の譲渡がなされたことについても被告の明らかに争わないところである。しかして被告が渡部春雄より右請求権を譲受けるに際し、訴外会社と渡部春雄との前記売買が原告の租税債権を害する事実を知らなかつたということについては何等の主張もないだけでなく、本件全証拠によつても右事実を認め難い。そこで、原告は、前示のように訴外会社に対し、滞納処分を執行しうるに至つている以上、被告に対し、国税徴収法第十五条に基き訴外会社と渡部春雄間の前記売買の取消を求めるというべきである。(本件のような停止条件付所有権移転を内容とする売買は之について前記の様に仮登記がなされている限り、それ自体取消の対象となるものと解すべきである。蓋し条件成就の場合本登記を為されれば仮登記の効力により中間処分は無効となるものであつて、かかる形態を備えた売買はそれ自体において責任財産の逸脱を来していると言い得るからである。)

しかして、その後前記停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記が被告から訴外中瀬太一に同人から更に神田定雄、松田豊作に順次移転されたこと、昭和三十一年七月五日訴外会社と右神田、松田との間の売買を原因として本件不動産につき旭川地方法務局東旭川出張所同日受付第九三四号の所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがなく、右登記に対応する停止条件付所有権移転請求権の譲渡がなされたこと、訴外会社と神田、松田間の右売買は右停止条件付所有権移転請求権に基き停止条件の成就として行われたもので、右所有権移転の本登記は右仮登記に基いてなされたものであることは被告の明らかに争わないところである。そこで本件不動産につき原告の差押登記は右神田、松田の停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記に基く所有権移転登記に優先され、原告は既に被告に対し本件不動産の返還を求めることができないので、これが返還に代わるべき損害賠償を求める以外に方法がないといわざるを得ない。

したがつて、原告は被告に対し、前記金六十五万七千六百八十円の限度で損害賠償を請求し得るというべきである。

(三)  ところが、被告は、(右損害賠償請求権の前提となる)取消権は二年の時効完成によつて消滅したと主張するので、その当否につき判断する。

(1)  先ず国税徴収法上の詐害行為取消権が短期消滅時効に服するかどうかについて考えてみるに、同法には民法第四百二十六条のような消滅時効についての規定はないが、同法の詐害行為取消権は民法の詐害行為取消権とその趣旨を同一にするものであり、その間に何等実質的効力の差異を認むべき理由はなく、又民法第四百二十六条の短期消滅時効の立法趣旨である第三者に対する法律関係を速に確定させる必要性は国税徴収法上の詐害行為取消権についても同様であるから民法第四百二十六条の規定の類推適用をうくべきものであると解するのが相当であり、原告において納税者たる訴外会社の訴外渡部春雄に対する前記売買が詐害行為であることを知つたときから二年間または右売買のときから二十年の経過によつて消滅するというべきである。右に反する原告の主張は採用できない。

(2)  被告は時効の起算点として本件不動産に滞納処分の差押登記のされた昭和三十年六月二十日を主張するが、成立に争のない甲第四号証の一の(イ)(ロ)証人嶺和夫の証言によると右登記は上川税務署が為した昭和二十八年十二月十六日の差押につき昭和二十九年一月四日を初めとして三回に亘る書留便による嘱託の結果為されたもので、上川税務署は昭和三十年六月二十五日登記済証を受け取つたことが認められるけれども右事実からは差押登記が為されたのに関連して本件売買を上川税務署が知つたものと認めることは出来ないしその他被告主張日時に原告が取消原因を覚知したと認める証拠はない。次に成立に争いのない甲第十五号証、証人田中治哉、同阿部島康夫(第二回)の各証言を綜合すると、昭和三十一年一月二十六日上川税務署総務課次長田中治哉は旭川地方法務局東旭川出張所より本件不動産を含む訴外会社の土地、家屋につき登記簿謄本の交付をうけてこれを閲覧し、右会社財産につき昭和三十年六月十八日付で訴外会社と渡部春雄間の前記売買を原因とする前記停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることを知つたことが認められる。しかして一般に登記の存在は特段の事由がない限り登記原因事実の存在を推認させるものであるところ、本件については右のように仮登記がなされしかも右仮登記が訴外会社の殆ど全財産になされ又前認定のように租税債権につき差押登記までなされている事情の下においては上川税務署では詐害の事実の有無につき疑を挾んだと解される余地が多分に存するが、本登記が未だなされず停止条件が成就していない売買契約において果して詐害行為が成立するかの法律問題が存在して仮登記の日付が条件の成否が確定することとされている日より数ケ月後になつているというような不自然な形式を示している事実甲第一号証によつて認められる本件不動産につき当時一番二番の根抵当権が設定されていた事実の外成立に争いのない甲第四号証の一の(ロ)、第五乃至七号証並びに証人阿部島康夫(第二回)の証言を綜合して認められる上川税務署は右仮登記の存在を知つたが特に調査することもなく昭和三十一年八月訴外会社解散の風評があつたのでその調査をなし、同年九月頃札幌国税局に連絡し、同年十一月十七日難件として札幌国税局に事件を引継ぎ、同国税局担当官が翌年三月二十六日渡部春雄等に面接調査した事実を併せ考えると前記昭和三十一年一月二十六日に詐害の事実を覚知したとは認められず昭和三十一年九月頃若しくは昭和三十二年三月二十六日頃詐害の事実並びに詐害の意思を覚知したと認めるを相当とする。

したがつて、原告の詐害行為取消権が本訴提起の日である昭和三十三年七月十一日までに二年の短期消滅時効によつて消滅したという被告の抗弁は採用できない。

三、してみれば、被告との間で訴外会社と訴外渡部春雄との間の前記売買契約を前記の様に国税債権を害する金六十五万七千六百八十円の限度で取消し、本件不動産の返還に代えてその価額のうち前記金六十五万七千六百八十円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和三十三年七月二十四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲内で原告の本訴請求は、正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村瀬泰三 裁判官 田中永司 裁判官 小笠原昭夫)

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